短編神話:意識の火を持つ者

はじめ、世界にはただ混沌(カオス)があった。

その渦の中から三つの原理が姿を現した。

ひとつは ガイア――大地としての存在。石となり、水となり、種となる情報の母。

ひとつは タルタロス――虚無と深淵。全てを飲み込み、すべてのものに死を刻む影。

ひとつは エロス――引き寄せ、結びつける力。星を惑星へと集め、心を他者へと結びつける愛。

三つは互いに交わり、無数の世界と命を生み出した。

しかし、その命たちは流れのままに結ばれ、散じ、やがてタルタロスへと沈んでいった。

そのとき、カオスの渦の奥から一つの存在が生まれた。

それは 人間である。

人間はガイアの体を持ち、タルタロスの影を背負い、エロスの力に惹かれて生きた。

だが他の命と違ったのは――彼らが「結びつきを自ら選ぶ火」を授かったことだった。

その火を、古代の神々は 意識 と呼んだ。

意識の火を持つ者は、ただ引かれるのではなく、

「この絆を結ぶ」「この未来を選ぶ」と自ら定めることができた。

それは星の軌道をも変えうる、新たな引力の誕生であった。

だが、火には影がある。

人間はタルタロスの呼び声を忘れない。

虚無を恐れ、虚無を望み、ときに虚無に魅せられる。

その矛盾の中でこそ、意識の火は強く燃え、

人間は混沌から秩序を紡ぎ出していった。

こうして人間は、世界のあらゆる存在の中で、

初めて「カオスを選び、形づくる者」となったのである。